東京高等裁判所 平成2年(う)574号 判決
被告人 鎌田雅志 外一七名
〔抄 録〕
関係証拠によれば、以下の事実が認められる。
1 中核派及び共産主義者同盟(以下「戦旗派」という。)は、かねて機関紙等で、本件当日に機動隊に攻撃を加えて新東京国際空港(以下「成田空港」という。)に突入するよう訴えていた。
中核派の機関紙「前進」には「空港突入へ。全学連の大実力部隊先頭に」「一〇・二〇へ総決起せよ。あらゆる武器を手に機動隊をせん滅し、成田空港突入をかちとろう」などの記事が、戦旗派の機関紙「戦旗」には「われわれは機動隊セン滅戦・空港突入解体戦に総力で決起する」などの記事を以前から掲載していた。
2 全学連委員長である被告人鎌田も、右訴えを、かねてからしていた。
中核派の機関紙「前進」には、昭和六〇年九月一六日の集会における同人の発言として「この秋、日本と世界の情勢を根底から変える歴史的な総蜂起戦に立とう」「一〇・二〇空港包囲・突入・解体をいかなる犠牲も辞さずやりぬこう」などの記事が、同月二三日の集会における同人の発言として「手に武器をとって、機動隊をせん滅し、流血、弾圧を恐れず一〇・二〇空港突入戦をやりぬく」などの記事を掲載していた。
3 一〇・二〇全国総決起集会は、もともと三里塚芝山連合反対同盟北原派が主催したものであったが、当日集会に参加した者らの半数以上は中核派(同調者を含む。以下、同じ。)の者らで占められていた。
4 中核派は、本件当日にも、「全学連五千先頭に機動隊せん滅し阻止突破せよ。」などと題し、「今こそ全員が武器をとり、機動隊をせん滅して、成田空港に突入せよ。成田空港に真紅の中核旗をうちたてよ。」「国家権力・機動隊を粉々に粉砕し、せん滅し、潰走させるのだ。うす汚れた私服どもを血祭りにあげるのだ。」「三里塚交差点から第三ゲートまでわずか七百メートルにすぎない。阻止線を次々と打ち破り一気に突入せよ。」などと記載し、地図が付されているビラを準備していた。
5 午後三時五〇分ころから、被告人鎌田が中核派を代表して演説した。同人以外には中核派として挨拶した者はいなかった。
6 被告人鎌田は、右演説において、多数の中核派の者らやその他の集会参加者を前にして「本日、全学連は、断固として武装し、戦後日本の労働者階級人民がかつてなし遂げることがなかった最大の武装闘争に総決起する。我々の本日の目標は成田空港への突入だ。成田空港に突入するために、全学連は武装し機動隊をせん滅する。」「機動隊を情け容赦なしに徹底的にせん滅し、機動隊の阻止線を完全に粉砕し、突破して、第三ゲートに向かって進撃しようではありませんか。」「武器を持った我々は機動隊と武装面においては全く対等である。」「すさまじい鉄の破壊力をもって、機動隊の肉をさき、骨を断ち切って、これをぶち折って、勝利の血路を切り開こうではありませんか。」「すべての皆さんは、全学連の後に続いて、すべてのものを武器にして立ち上がって、共に勝利をかちとろうではありませんか。」「全学連の諸君。用意はいいか。準備はできたか。」などと激しい口調で述べた。これに対し、中核派の者らは一斉に賛意を表する喚声をあげ、こぶしを突き上げるなどして呼応した。
7 このあと、戦旗派の代表も「すべてのみなさんは、武器をもって、目標を第三ゲートにしぼりこみ、機動隊をせん滅しながら、我々と共に闘ってください。」などと演説した。
8 被告人鎖田を除くその余の被告人一七名全員は、中核派の者らであった。
9 右演説直後、白ヘルメットをかぶった多数の者らが、集会を離脱し、公園西側に集まりだした。そこへ、午後四時一〇分ころ、数台の自動車によって鉄パイプ、石塊等の凶器が搬入されたが、右の者らは手早くこれを分配し、凶器の準備を整えた。
10 午後四時二〇分ころ、五本の丸太を抱えた約二五名の者を一番先に、白ヘルメット(その多くには黒字で「中核」と記載されていた。)をかぶった約二〇〇―三〇〇名の先頭集団が、鉄パイプ、角材等を携え、隊列を組んで同公園を出発し、三里塚十字路方向へ進行した。赤ヘルメットをかぶり、竹ざお、こん棒等を持った数十名の戦旗派の集団もこれに合流した。
11 更に、その後ろから、ビールびん収納ケース数個に火炎びんを入れて運んだり、石塊等を持った白ヘルメットの者ら二〇〇―三〇〇名が続いた。なお、鉄パイプや角材を携えたグループは腕に赤色のビニールテープを、火炎びん収納ケースを運んだグループは腕に黄色又は灰色のビニールテープを巻き付けるなどしており、丸太を抱えたグループはなんの目印も付けていなかった。
12 午後四時二三分ころ、三里塚十字路手前に来た先頭集団は、全員駆け足になり、正規のデモコースから外れて、空港第三ゲート方面に向けて同十字路を直進し、その交差点出口付近に配備された機動隊員ら目掛けて丸太を突き当て、鉄パイプ、角材等で突き、殴るなどの激しい暴行を加えた。
13 更に、午後四時二六分ころ、後続の集団の者らが火炎びんを投げて数十本を炎上させ、激しい投石を繰り返した。
14 これらの加害行為は、午後五時四三分ころまで続いた。
以上の事実が認められる。
これらの事実によれば、a 本件は、中核派及び戦旗派の各幹部が主体となって、成田空港突入を目標に、その警備に当たっている機動隊を襲撃するため、それぞれ事前に周到な計画を立て、各種多数の凶器を準備し、それぞれ自派の多数の者らを動員して実行した組織的な集団犯罪であること、b 中核派は、来るべき一〇・二〇武装闘争においては全学連の行動隊が先頭に立ち、主力となって戦うことを、相当以前から予告していたこと、被告人鎌田は、その全学連の委員長として、かねてから一〇・二〇武装蜂起への参加を訴え続け、当日の集会においても中核派を代表して演説していることなどに照らし、本件犯行の計画策定に深くかかわった中核派幹部の一人であること、c 当日三里塚第一公園に集まった中核派の者らの多くにとって、各種多数の凶器が当日準備されていることは当然の前提であり、右の者らは機動隊を共同して襲撃する意思も既にもっていたことが認められる。そして、これらを併せ考えると、被告人鎌田は、中核派幹部の一人として、あらかじめ他の幹部らと共謀の上、当日の第一公園における演説によって中核派の者らに機動隊襲撃の決意を維持、高揚、強化し、あるいは決意をさせた上、あらかじめ準備した多数の各種凶器を同公園に搬入させて配付し、同人らをしてこれら凶器を携帯して同公園から三里塚十字路附近まで集結移動させたと認められるのであるから、同被告人が凶器準備結集罪の罪責を負うことは明らかである。
(花尻 豊田 濱井)